南美希子公式サイトお知らせ

  • ◎2015年3月28日 エンジン01in富山で
    「いつまでもオンナらしくいるために」「安全保障論」「腰痛の話」で
    コーディネーターを務めます。
    夜は富山市内のレストランで、猪瀬直樹さん、堀江貴文さんさんたちと夜学に出演し、地元の方々と交流をはかります。
  • ◎2015年3月26日 表参道にて、バイタミックスのイベントに登場いたします。
  • ◎2015年3月25日 ヘルシーソサエティー賞の司会を務めます。
  • ◎2015年3月25日 0時・8時・23時「QVC」に出演致します。
  • ◎2015年3月24日 日本アクティブエイジ協会の名誉理事として記者会見に臨みます。
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南美希子の略歴

エッセイスト・司会者・TVコメンテーター。東京生まれ。
聖心女子大学3年在学中にテレビ朝日アナウンサー試験に合格。
1977年テレビ朝日アナウンス部入局。
女性アナウンサーとして初めてバラエティー番組に出演。
1986年独立。以来、テレビ・ラジオ・講演・シンポジウムのコーディネーター・司会などで活躍中。
著作物は共著・監訳書・文庫など含めて29冊にのぼる。
アンチエイジング医療・美容の体当たり取材には定評があり、その知識を生かした仕事も多い。
東京女学館大学客員教授

南美希子の人物・ライフヒストリー

1956年2月26日、東京世田谷区に生まれる。
中学・高校と東京都・広尾の東京女学館に学ぶ。
食事・睡眠・入浴以外は全ての時間を勉学に励み、中学高校通じて学年で1位~2位の成績を保つ。赤いフレームのメガネをかけ、色気とは無縁のあか抜けない少女だった。

憧れの共学を断念し、母親と担任の先生の強い勧めで聖心女子大学国語文学科へ。大学入学と同時にこれまで勉学に向けていたエネルギーのベクトルを美容と恋愛に向けた大学生生活を送る。
これがのちの恋愛・美容エッセイスト南美希子の礎となる。大学時代はテレビ局で音楽祭やワイドショー・歌謡番組などの番組アシスタントやボートショーのコンパニオンなどのアルバイトにも精を出す。
大学3年春から通い始めたアナウンス学校の先輩がアナウンサー試験の願書を取りに行くのに付き添ったのが、当時の教育テレビ(現・テレビ朝日)だった。

当時在京テレビ局のうちテレビ朝日だけ、女性アナウンサーの短大卒採用枠が存在していたので、大学3年生のときテレビ朝日を受験。合格し1977年テレビ朝日アナウンス部に入社。同期にキャスターの古舘伊知郎氏や渡辺宣嗣氏、スポーツコメンテーターの宮嶋泰子氏らがいるが、彼らはいずれも南より1学年先輩である。「23時ショー」「笑アップ歌謡大作戦」「クイズマガジン」「おはようテレビ朝日」などの司会で活躍。多くのファンを獲得し、現在の女子アナブームのさきがけとなる。

1986年に独立。雇用機会均等法が施行されたこの年に始まった 「OHエルクラブ」の司会を田中康夫氏などと6年間務め、OLたちの教祖的存在となる。

独立後も「OHエルクラブ」はじめ、「EXテレビ」の司会を三宅裕司氏と務めるなど、テレビ、ラジオ、CM,講演等などで活躍。一時女性誌などの連載を13本抱える。

1995年,建築家の堀池秀人氏と結婚。1996年、40歳10か月のとき男児を出産。高齢出産の先駆けとして、母親として、講演・シンポジウム・著書などで幅広く発信。

1994年、まだコメンテーターという呼称のない時代から13年間ワイドショー「ザ・ワイド」のコメンテーターをつとめる。

現在では、バラエティー番組などにも活躍の場を広げ、「健康・美容コミュニケーター」「睡眠指導士」などの資格を生かし、抗加齢医学・老年学・女性医療・美容医療などの分野でコーディネーターをつとめたり、恋愛・美容エッセイストとして女性誌やトークショーなどで発信し、同年代のみならず若い女性の支持者も多い。

248名の文化人を擁するエンジン01文化戦略会議の創設時からのメンバーで、毎回、安全保障から教育論、美容、アンチエイジングなどの講座のモデレーターをつとめる。余興の音楽祭では、AKB48から借りた衣装で歌と踊りを披露することもある